1996年10月15日(火)ポーランド・クラコフ市での
「古事記をめくる」公演の劇評


雑誌「断片」 ”文化ノート”欄より
不死鳥-------新しい日本の演劇-------------

近年、ポーランドでは古典的な能や歌舞伎、 文楽から踊りの演劇である舞踊や舞踏、さらには現代演劇にいたるまで、 日本の演劇に出会う機会にしばしば恵まれる。 先日、ルブリン、クラクフ、ワルシャワの観客は 「古事記-その3」を鑑賞した。 演出は日本の前衛演劇の巨匠・千賀ゆう子さんである。

5人グループのメンバーはクラクフとワルシャワで 日本語学科と演劇学専攻の学生たちと対面した。 ワルシャワではさらに、日本語学科の学生を考慮に入れ準備された 「曾根崎心中」が上演された。

演出家、女優、製作者および脚本家でもある千賀ゆう子さんは、 1970年代に“トロイの女”の上演で最初にポーランドに訪れた。 今回はポーランドで、日本最古の書物「古事記」(昔の出来事の記録)の 公演をするための来訪である。 「古事記をめくる」の演出は神話と現代日本人の意識に作用している シンボルの、かなり個人的な解釈より構成される。

象徴と慣習が登場しては入り乱れカオスを形成し、 そこから次なるエチュードが生み出される。 場面の流れ(sequence)は無視され、 混沌とした展開と詩的断章の叫びが物語構成の雰囲気と対照的に 描き出される。 劇中では破滅と再生とが交互に繰り出され、 再生の象徴として鳥が要所に登場する。 それはある時は“タマブクロ”と呼ばれるアホウドリであり、 不吉に鳴き声をあげる鴉であり、またある時は小鳥であったりする。 それらの死は世界の破滅を引き起こす。 鳥の唄の生みの母である女が、死んで地に落ちた鳥をみて声をあげ、 それをきっかけに俳優たちは狂ったように叫び始める。

「東京が堕ちた。神戸も堕ちた。ポーランドが堕ちた。」

そして狂乱しつつ崩れ落ちてはまた立ち上がる。 最終場面、白く神聖な和紙で固く結ばれた綱によって覆われた舞台(惑星)で、 「道」という箱から引き抜かれたかのように俳優たちがそびえ上がる。 手には木製の枠を持ち、それをあたかも窓のように目の前にかざしている。

怯えながら彼らは舞台の上を見上げる。 アナウンスでは「朝6時」という声が聞こえるにもかかわらず闇は増し、 やがて完全な暗闇となる。

千賀さんは古典と生きた伝統の中に原点への回帰を賢明に求め、 そしてそれに成功している。 彼女の演劇は、神話の神秘性を探求しながら、 宇宙(真理)への到達を目指すものである。
       (スワボミラ・ボロフスカ)

(雑誌"Przekroj"について)
1945年クラクフにて発刊、 戦後ポーランド最古の社会・文化関係記事専門の週刊誌。 この分野のものではポーランドでもっともポピュラーな雑誌の一つ。


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